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わたしは、自分の内には善が住んでいないことを知っています
ローマの信徒への手紙7章18節
ラウレンチオ 小池二郎神父
 原罪の教えの根拠を聖書に求めるなら、特に創世記3章と、ローマの信徒への手紙5章 12節〜21節、7章7節〜25節が特に大切であろうと思います。
 今日の聖句として、表題を少し延長した部分を引用します。
 「わたしは、自分の内には、つまりわたしの肉には、善が住んでいないことを知っています。 善をなそうとする意志はありますが、それを実行できないからです。 わたしは自分の望む善は行なわず、望まない悪を行なっています。」(ローマの信徒への手紙7章18節〜19節)

 今回は、最初に、小説「氷点」を出発点として、原罪について考えてみたいと思います。
 三浦綾子(1922〜1999)は優れたプロテスタント信者の作家で、そのデビュー作が「氷点」です。 「氷点」は原罪をテーマとした小説だといわれています。
 1963年1月、朝日新聞が、大阪本社創刊85周年、東京本社75周年記念に一千万円の懸賞小説を公募しました。三浦は、その頃、教会関係の出版物には度々寄稿していたものの小説には素人だったと思います。
 三浦は応募を決意し、精魂を傾けて書き始め、63年12月31日午前2時に書き上げたと言われています。 それが731の応募作品中の一位に選ばれ、64年12月9日から65年11月14日まで朝刊に連載され、 その後は、単行本になり、単行本は66年末までに71万部を記録する大変なヒット作となりました。

 新聞小説のストーリーはそんなに簡単ではありませんが、中心人物は表題とも深くかかわる辻口陽子です。 陽子の実の父は中川光夫で、北大理学部の秀才の学生。 そのことを知る者は少なく、不倫の子「澄子」(後の陽子)が生まれる半月前、中川は急逝し、澄子は孤児院にあずけられます。 誕生は昭和21年6月に設定されています。後に、ある事情で、辻口医院の院長、辻口啓造夫妻の養女として引き取られ、 その名は陽子となります。
 陽子は文武両道に優れ、美しく成長します。数学が好きで、ギリシャ語も独学で習得します。 「人の悪意を善意に受け取る不思議なものが、生まれつき備わっているようであった」という性格の持ち主です。 「何かが絶えず燃えているような、それでいて人の心を吸い取るようなふかぶかとした目」の持ち主でもあります。

 三浦綾子は13歳の時、6歳の実の妹を結核で失っており、その名が陽子でした。 三浦は氷点の陽子に妹にあってほしい女性の姿を描こうとしたのかも知れません。
 太陽のように明るく育つ陽子の周囲の嫉妬は尋常ではありませんでした。 しかし意地悪くされればされるほど、彼女はますます健やかに成長します。

 陽子の義姉、辻口ルリ子は、辻口医院の経営が一番困難であった時昭和18年早春に生まれ、三歳の時、佐石土雄という男に殺されています。
 陽子は、この殺人犯が実は自分の実父であると他人の悪意によって信じさせられた時、 すべて生きる力を失い、未遂に終わりますが自殺を試みます。
 「わたしは石にかじりついても、ひねくれないわ。こんなことぐらいで人を恨んで、 自分を汚したくないわ」と言っていた陽子ですが、「おまえは罪びとの子だ」と言われ、 それを信じた時、その心は氷のように冷えてしまったのです。

 「氷点」には人間の心の奥に秘められた罪の多くのケースが描かれ、その対極に、罪の汚れを知らない陽子の姿が描かれます。 しかし、その陽子さえも、血縁の思いと、 その血縁が汚れているという思いが心の奥深く隠されていた一点に触れた時、 彼女は一切の道徳感覚と希望を失います。その隠された一点こそが原罪の坩堝(るつぼ)であり、三浦綾子が氷点と呼ぶものです。
 実際には、原罪を氷点として描き切ることには無理があるかも知れませんが、小説 「氷点」は原罪の力と普遍性を現代人に分かりやすい言葉で語っているところに大きい意味があると思います。 不朽の名作とわたしは思います。
 原罪の教義は罪を単純に許すものではありませんが、わたしたちに対して、慰めの一 面を持つ教義です。わたしたちにとっては、聖母マリア様の無原罪の教義と比較しながら考えるべき事柄だと思います。