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彼らは、…パンを裂くこと、祈ることに熱心であった
使途言行録 2章42節
ラウレンチオ 小池二郎神父
  「彼らは、使徒の教え、相互の交わり、パンを裂くこと、祈ることに熱心であった。」 (「使徒言行録」2章42節)
 今日は、初代教会において、少なくとも多くの場合、 ミサを行なうことと同義だったらしい「パンを裂くこと」について考えましょう。
 まずこれが、ただの食事でないことは確かです。
 聖パウロは、使徒言行録より早く書かれたコリントの信徒への手紙で、 主が最後の晩餐の際に行なわれ、 それを記念して行ない続けることを命じられた儀式(エウカリスチア、 感謝の祭儀、あるいはミサ)のことを、主から受けたこととして、はっきりと書いています。 (1コリ11・23−26)この場合、「パンを裂くこと」はエウカリスチア以外の何物でもありません。
 確かに、教皇様も、回勅「教会にいのちを与える聖体」(2003年4月17日発布)の中で、 「『パンを裂くこと』(前掲42節)とは、エウカリスチア(ミサ)を意味します。」と言っておられます。(5頁)
 しかしその数節あとにでる「パンを裂くこと」も同じように、エウカリスチア、あるいはミサと考えてよいのでしょうか。
 「(彼らは)毎日ひたすら心を一つにして神殿に参り、家ごとに集まってパンを裂き、喜びと真心をもって一緒に食事をし、神を賛美していた」(2章46節−47節)
 当時、毎日、家ごとに集まってミサを捧げることができるほど、多数の司祭がいたのでしょうか。
 わたしは、最近、昨年10月7日にだされた教皇ヨハネ・パウロ二世の使徒的書簡「主よ、一緒にお泊まりください」を読んで、 新たに考えるところがありました。
 ここで少し長くなりますが、この書簡の紹介をしたいと思います。
 教皇様は、この書簡で、第二バチカン公会議の「典礼憲章」と、ご自分が書かれた回勅「人間のあがない主」、 使徒的書簡「主の日−日曜日の重要性−」、 使徒的書簡「紀元2000年の到来」、使徒的書簡「新千年期の初めに」、 使徒的書簡「おとめマリアのロザリオ」、 そして幾度も回勅「教会にいのちを与える聖体」などを回想され、 それらにこめられているご自分のお考えと真意をあらためて信徒に訴えておられます。
 教皇様は、この書簡の最後の方で、「若者たち、わたしは、ケルンで開かれる次のワールドユースデー(今年8月16日−21日)で会えることを楽しみにしながら、 あなたがたに大いに期待しています。 『わたしはイエスを拝みに来たのです』は、どうすればあなたがたがこの聖体の年をよりよく体験できるかを示しています。」(邦訳41頁)と言っておられます。 この若者との出会いは実現しなくなりましたが、この書簡はただ若者に対してだけではなく、全カトリック信者に対して、霊的遺言となったと思います。
 さて、「パンを裂くこと」に戻りますが、この書簡に、次のことが言われています。
 「『パンを裂くこと』、初代教会では感謝の祭儀をこう言い表したのですが、それはいつも教会生活の中心にありました。 『パンを裂くこと』を通して、キリストはその死と復活の神秘を時間の中に現存させたのです。」(邦訳6−7頁)
 わたしはこれを読んだ機会に、「家ごとに集まってパンを裂く」(使徒言行録2章46節)と言うことをもう一度考え、 これがミサである可能性を再検討することにしました。
するとそれがミサである可能性が十分にある、またそれ以外では反って不自然である理由を見つけました。 少なくともわたしはそう思うようになりました。それを説明します。
 その理由は、一つには、ミサを献げる必要のために、使徒たちが、ヤコブの手紙5章14節などで言われる「長老」 (これは、今日、司祭と考えられています。 後にラテン語で司祭はプレスビテルといわれるようになりますが、 これはギリシャ語では長老です。)をこの時期に任命していても少しもおかしくはないからです。 また、食事はパンだけではなかったはずで、普通の食事を「パンを裂く」とは言わないでしょうし、 普通の食事以外では食事の形をとるものはエウカリスチア以外には考えにくいからです。
 今のところ、わたしはこう考えています。
 新約聖書に、「パンを裂く」は「裂くパン」(1コリ10・16)を含めて、19回出ます。
 共観福音書(マタイ、マルコ、ルカ)には12回、(なぜかヨハネには一度も出ません。) 使徒言行録に5回、コリントの信徒への第一の手紙10章と11章にそれぞれ1回出ます。
 19個所のうちキリストのパンの増加の奇跡の記述以外の12個所は、すべて、エウカリスチアをはっきり表しているか、 その可能性のあるものばかりです。
 教皇様は、「教会が形をとった決定的な瞬間が、二階の広間での聖体の制定だったことは間違いありません。 教会の基礎となり源となったのは、聖なる過越の三日の全体です。 とはいえ、この聖なる三日間をいわば永遠に取りまとめ、前もってかたどり、 その「中心」となるものは、 聖体の授与だということができます。」(「教会にいのちをあたえる聖体」邦訳8頁)
 初代教会ではこれがパンを裂くことだったのです。