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それが神の業である
ヨハネによる福音6章29節
ラウレンチオ 小池二郎神父
 「あなたがたがわたしを捜しているのは、しるしを見たからではなく、パンを食べて満腹したからである。 朽ちる食べ物のためではなく、いつまでもなくならないで、永遠の命に至る食べ物のために働きなさい。 これこそ、人の子があなたがたに与える食べ物である。 父である神が、人の子を認証されたからである。」そこで彼らが、「神 の業を行うためには、何をしたらよいでしょうか」と言うと、イエスは答えて言われた。 「神がお遣わしになった者を信じること、それが神の業である。」(ヨハネによる福音6章26〜29節)
 神の業、ラテン語でオプス・デイと言います。その名のカトリック教会の団体があり、 創立者ホセマリア・エスクリバ神父(1902‐1975)は2002年10月6日に列聖されました。 ご存知のことと思いますが、芦屋にも拠点があって、昨年8月にも、 そこから小寺左千夫神父様が説教とゆるしの秘跡のためにこの教会に来てくださいました。
 オプス・デイはこの団体名そのものですが、今日のお話は、その団体の説明ではありません。

 神の業は最も偉大です。もし、わたしたちにそれが出来るとするなら、一体それは何でしょうか。 イエス様は、わたしを信じることだといわれました。「神がお遣わしになった者を信じること、それが神の業である。」
 主イエス・キリストに従うためには、イエスの掟を守らなければなりません。 「わたし(イエス)の掟を守るなら、 わたしの愛にとどまっている」(ヨハネによる福音書15章10節)ということは、 その掟を守らなければ、その愛にもとどまることは出来ないということです。
 人々の魂の救い、神の国の建設、そのような大切な事業を行うためには、 そして自分自身の救霊のためにも、多くのハードルを乗り越える必要があります。 しかしその基礎はただ一つ、「信仰」、しかも神の御独り子イエス・キリストに対する信仰のみです。 それほど大切なものだから、それは神の業でもあるのではないでしょうか。

 「わたしをお遣わしになった者を信じること、それが神の業である。」は今月のテーマです。 しかし、それはまた、先月取り上げた、「信仰がなければ、神に喜ばれることはできない。」 (ヘブライ人への手紙11章6節)と同根の教えではないでしょうか。 神の業を行うことはそれほど遠くにあるものではなく、一番身近なところにあります。
 全能の神にとって、ご自分と一体の御一人子、特別の配慮で、 人となってわたしたちの中に住むことをお望みになった御独り子を受け容れるということは、 わたしたちが行うどんな業よりもはるかにたいせつなことであることが、 卑小そのものともいうべきわたしにも、想像することが許されたように感じています。

 これに続いて次の御言葉があります。
 「わたしをお遣わしになった方の御心とは、わたしに与えてくださった人を一人も失わないで、 終わりの日に復活させることである。わたしの父の御心は、子を見て信じる者が皆永遠の命を得ることであり、 わたしがその人を終わりの日に復活させることである。」(ヨハネによる福音6章39〜40)これこそ福音ではないでしょうか。