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バベルの塔
創世記11章1節〜9節
ラウレンチオ 小池二郎神父
  以下は創世記11章1節〜9節(新共同訳)、節の前に(1)(2)…を付けます。
 (1)世界中は同じ言葉を使って、同じように話していた。(2)東の方から移動してきた人々は、シンアルの地に平野を見つけ、そこに住み着いた。
 (3)彼らは、「れんがを作り、それをよく焼こう」と話し合った。 石の代わりにれんがを、しっくいの代わりにアスファルトを用いた。
 (4)彼らは、「さあ、天まで届く塔のある町を建て、有名になろう。そして、全地に散らされることのないようにしよう」と言った。  (5)主は降って来て、人の子らが建てた、塔のあるこの町を見て、 (6)言われた。  「彼らは一つの民で、皆一つの言葉を話しているから、このようなことをし始めたのだ。これでは、彼らが何を企てても、妨げることはできない。 (7)我々は降って行って、直ちに彼らの言葉を混乱させ、互いの言葉を聞き分けられぬようにしてしまおう。」  (8)主は彼らをそこから全地に散らされたので、彼らはこの町の建設をやめた。 (9)こういうわけで、この町の名はバベルと呼ばれた。主がそこで全地の言葉を混乱(バラル)させ、また、主がそこから彼らを全地に散らされたからである。  この物語は、ノアからアブラハムにいたる系図の間におかれており、J伝承 (ヤーウェ伝承) とされていますが、すべての部分がJ伝承であるとは限りません。 5段階に分かれています。  1)世界は同じ言葉を話し、意思の疎通がうまくいっていた。  2)東から移動した人々が、シンアルの地、すなわちメソポタミヤに塔のある大きい町を作ることにした。  3)彼らは、石と「しっくい」の代わりに「れんが」とアスファルトを使った。     石としっくいはイスラエルの建築材料であり、れんがとアスファルトはメソポタミヤの特産物であった。  4) 新しい技術を手に入れた人々は、「さあ、天まで届く塔のある町を建て、有名になろう。 そして、全地に散らされることのないようにしよう」と言った。 ここには傲慢と利己主義がみられ、また、彼らの望みは、「産めよ、増えよ、地に満ちて地を従わせよ」(創世記1章28節)と言われた神のご計画にも反している。  5)7節と8節は、神が降りてこられて、人間の計画を言葉の混乱(バラル)を起こさせて中止させられたことが述べられ、都市の名バベルはこのバラルから取られたもの であることを示す。  アッシリア帝国最盛期の王サルゴン二世(在位紀元前721−705年)は治世の初めから、新都市建設を進め、 前717年、土地の買収と地ならしを行い、前715年、捕虜を使って全面的に工事を開始し、前706年には、都市は未完ながら、入都の準備を終え、 盛大な開都式を行い、西からの外交使節も招待しました。預言者イザヤとも深い関わりのあったヒゼキヤ王も当時のユダ人たちもこの町のことはよく知っていたはずです。 しかし、その後わずか数ヵ月後、前705年、サルゴン二世は小アジアで戦死し、遺体も見つからなかったほどの大敗を喫しました。 それはアッシリアにとって大事件であり、その原因がささやかれました。 アッシリアとその属州の人々の答はさまざまでしたが、一つだけ一致していることは、サルゴン二世が神々の意思に背いたということでした。 イザヤ14章の多くの部分がこの王に対する「嘲笑物語」に当てられています。  これと似た例は、イスラエルのバビロン捕囚を行なった新バビロニア王ネブカドネザル二世(在位前605−562年)が捕虜などを使ってバビロンに壮大な宮殿を造営したことです。  古代オリエントには、紀元三千年前から、多くのツィグラット(多層構造の神殿の塔、ジグラットなどとも書く)が建設されました。 もっとも創世記11章の「塔」を表わす「ミグダル」はさまざまな様式の塔や要塞のほか、城砦そのものをも表すことがあるようです。  J伝承とは時間的な隔たりがありますが、創世記の最終的編集は、捕囚の後ですから、 以上二つの都市建設とバベルの塔の物語の関係は、可能性としては大いにあることと思われます。  長い年月、バベルの塔の物語は、人間の傲慢を戒め、言葉の分裂が罪の罰であることを教えるものと解釈されてきました。 人祖の犯した原罪がなければ、あるいは言語は一つでよかったかもしれませんが、人類の分断が既定の事実となってからは、 神は民族、氏族ごとの救済を計画されたので、多様な言語はむしろ自然なものとなったのではないでしょうか。  「カトリック教会のカテキズム」は次のように教えています。  「ひとたび人類の一致が罪によって分断されると、神はまず、人類を各民族ごとに救おうとしておられます。 大洪水後のノアとの契約は、『国々』、すなわち、『それぞれの地に、その言語、氏族にしたがって』(創世記10・5)まとめられた人々に対する神の救いの計画の原理を表しています。」(56番)  続いて、このカテキズムは、「人類はその邪悪さから、バベルの塔の建築に見られるように、 自力で一つになることを図りました。しかし、罪の結果、諸民族とその君主たちが多神教と偶像崇拝に走ることによって、 この暫定的な救済計画はたえず歪曲の危険にさらされました。」(57番)と主張し、創世記11章4節‐6節の参照を指示しています。  この教えに従うと、バベルの時代の言語の分裂は、罰というより癒しの配慮と見ることができるのではないでしょうか。 他民族の言語の使用を制限し、禁じることは言語道断と言うべきです。  バベルの塔の教訓は、今後も多様に考えられ続けることでしょうが、この物語を通して神は専制君主や独裁国家の利己主義と専横を厳しく戒めていることは確かです。  バベルの塔で、多くの人は、フランドルの巨匠ピエテル・ブリューゲル(1525−1569)が描いた幾枚かのバベルの塔の一つを思い起こすことでしょう。 私はバベルの塔の絵の中で彼の絵が一番好きです。いや、彼以外の画家の描いたバベルの塔は今のところ心に思い浮かべることができません。  ブリューゲルの描いたバベルの塔は、創世記が書かれた時代にはありえなかった塔ですが、大変写実的であり、魅力的です。 バベルの塔の教訓が時代を超えたものであることを示す好例ではないでしょうか。