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2020年10月18日A年 年間第29主日 「ミサのメッセージ」
アウグスチノ 川邨 裕明神父
 ファリサイ派の人々はイエスを罠にかけようと、本来そりの合わないヘロデ派の人々に声をかけてイエス様のもとへ行きます。 そして「皇帝に税金を納めるのは、律法に適っているでしょうか、適っていないでしょうか」と問いかけます。
 ヘロデ派、聞きなれない人たちです。なぜファリサイ派の人々は、わざわざヘロデ派に声をかけたのでしょうか。 そこに、「皇帝のものは皇帝に、神のものは神に」との、イエス様の答えの真意を解くカギが隠されているのです。
 その前に、第一朗読に登場するキュロス王についてみてみましょう。キュロスは、アンシャンの王カンビュセス一世の子で、ペルシア帝国初代の王です。 長くイスラエルを支配していたバビロンを紀元前539年に征服しました。翌年、「キュロスの勅令」を出して、 バビロニアに捕囚されていたユダヤ人のエルサレム帰還を許しました。 また、被征服民の宗教的な自由を認め、エルサレム神殿の再建を許可しました。捕囚の地にいた第二イザヤはキュロス王に期待をかけます。 そしてついに、キュロス王こそ主(なる神)から油を注がれた人なのだと宣言します。 つまり、キュロスこそ神から遣わされた救い主だと言ったのです。キュロスは異邦人です。 救い主(メシア)は、ユダヤ人から出ると固く信じていた人々にとって、決して認めることができない発言です。 しかし、キュロス王のおかげで、捕囚を解かれ、大切な神殿を取り戻すことができたのも事実です。
 神様の選びは不思議で、自由なのだと思います。神を信じない人々を使ってさえ救いの業を成し遂げられるのですから。
 福音に出てくるヘロデ派は、ヘロデ王家を支持する人々です。ヘロデ王家とは、何でしょうか?ローマ帝国が勢力を拡大し、イスラエルはその属国になります。 その時、ローマとの間をうまく動いて、イスラエル全域の王に認めてもらったのがヘロデ大王でした。彼はイドマヤの出身で、純粋なユダヤ人ではありませんでした。 ヘロデ王は、都市や劇場、宮殿などの建設事業に熱意を傾け、紀元前20年ころに始まったエルサレム神殿改修工事は、王の死後も続けられました。 完成するまで46年かかったと言われます。ユダヤ人の心のよりどころである神殿を改修し、経済的繁栄をもたらしたということで、 ヘロデ大王は人気を博していました。王の死後、三人の息子が各地方を分割して統治するようになりましたが、 ローマはその息子たちを王にすることはせず、総督を送り直接統治するようになりました。 それでもヘロデ王家は一定の力を持ち続け、その一家を支持していたのがヘロデ派だったのです。
 ヘロデ派の人々は、ローマ皇帝やヘロデ王あるいはヘロデ家の人が救い主であるとまでは考えていませんでした。 しかし、キュロス王のように異邦人の王が神殿を再建してくれることがあることは認めていました。 ローマ帝国の支配を認めず、その手先であるヘロデ家を支持しないファリサイ派の人々は、そのようなヘロデ派を批判し反目していたのです。
 その両者が、イエスを排除しようと結託して、イエス様の前に現れたのです。イエス様はその両者に「偽善者たち」という鋭い言葉を投げかけます。 偽善者とは、神に心を向けようとしないかたくなな人という意味なので、「背神者」という方がいいでしょう。 ファリサイ派もヘロデ派も立場の違いはあるけれど、ヘロデ大王による再建された神殿をよりどころとし、利権を自分のものにしています。 しかし、神から遣わされた油注がれた救い主であるイエス様を認めようとしません。 そのかたくなな心に「偽善者」という言葉をイエス様は投げかけられたのです。
 イエス様は、神からいただいたすべてのものを神のために使いつくしました。 十字架の上では、すべてを神に返されたのです。「神のものは神へ返しなさい」このイエス様の言葉は、イエスの生き方そのものを凝縮しているのです。 そして、ローマ皇帝の権威を受け入れるのに、真の神の子イエスを認めない人々の本質を突く言葉だったのです。