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4月3日 四旬節第5主日
イエスは「あなたたちの中で罪を犯したことのない者が、まず、この女に石を投げなさい。」と言われました。 この言葉に、イエスの言葉を聞いていた民衆、姦通の女を連れてきた律法学者たちやファリサイ派の人々、 そして出来事を見ようと集まってきただろう人々、すべての人が年長者から去っていきました。 神の前ではすべての人が罪人である、そのことを見事に表現した箇所だと思います。
イエスは姦通の女にも、その周りに集まっていた人々にも、罪とは何かを考えてほしかったのです。 人々がどのように受け止めたか分りません。しかし少なくとも、自分の罪について考えたと思います。 そして、いろいろ考えて、その場から離れていったのです。
その上で、罪人であるにもかかわらず、その罪人に関わり続け赦し続ける神の愛にも、イエスは気づいてほしかったのです。
罪はすべて過去の出来事です。未来の罪を問うことはできません。イエスは、過去を問わないと言い、まなざしを未来に向けているのです。
4月10日 受難の主日(枝の主日)
聖週間が始まります。枝の主日、受難の主日と呼ばれる今度の日曜日は、イエスのエルサレム入城を記念する行列と受難の朗読が行なわれます。 今年朗読されるルカ福音書は、十字架上の死をイエスのかぎりないいつくしみという視点から描きます。
イエスを裁くヘロデとピラトは、政治的な対立関係にあったのに、イエスへの対応を通して仲が良くなりました。
「ダビデの子、ばんざい」とイエスをエルサレムに迎えた民衆は、ファリサイ人や律法学士、祭司長たち、長老たちに扇動されて、「十字架につけろ」と狂気に駆ら れて叫び声を挙げています。
エルサレムの婦人たちを慰めるイエス、そして「父よ、彼らをお赦し下さい。
彼らは自分では何をしているのか知らないのです」と自分を十字架に釘付けにしようとする人々のために、 イエスは祈ります。同じように十字架にかけられた犯罪人に、「今日、あなたはわたしとともに楽園にいる」と約束されました。
最後の最後までイエスは、いつくしみのまなざしをもって、御父の愛の無限の大きさ、深さ、広さ、高さを証しされたのです。
4月17日 復活の主日
復活徹夜祭、主イエスの復活を祝うこの特別な夜。私たちは旧約聖書から 7つの朗読を味わいます。そのすべてが神の救いの業とイエスの復活に関係する箇所です。
最初に朗読されるのが、創世記です。創世記1章は、神が六日間で天地を創造されたことを物語っています。 神による天地創造のクライマックスは、人間の創造でした。そこには、神がご自分に似せて人間が造られたと言われています。 人間と神は全く違っていますが、その形は似ているのです。このように、神は人間を最も愛する存在として創造されたのです。 天地創造の業を終えられた神は、お造りになったすべてのものをご覧になり、きわめて良いと感動されたのです。人間も含めて、この世界は良いものとして創造されたのです。
ところが、イエスの時代になって世界はきわめて良いものではなくなっていたのです。それは、現代を生きる私たちも同じです。 とりわけ、ご自分の似姿として大切に造られたはずの人間が大切にされず、尊厳を奪われる事態が続いていたのです。 様々な差別を受け社会から排除される現実に、神はご自分の独り子であるイエスを送って、救おうとされたのです。
イエスが復活されたのは「週の初めの日」夜明け前でした。神が創造の業を終えて休まれた次の日、それが週の初めの日ですが、 その日にイエスの復活を通して新しい創造の業を行われたのです。
差別や排除によって人間が人間らしく生きられない世界、それは死の世界です。その死の世界に神は復活の命を与えて、人間に神の似姿としての尊厳を再び取り戻されたのです。
4月24日 復活節第2主日(神のいつくしみの主日)
神のいつくしみの主日です。神の愛はいつくしみとなって私たちに降り注ぎます。罪人でしかない私たちが、 それにもかかわらず神のいつくしみの力で再び立ち上がることができる、それを忘れないために神のいつくしみの主日はあります。
イエスが十字架にかけられた時、弟子たちはみんなイエスを裏切りました。イエスの死後、弟子たちはユダヤ人に見つかると自分たちも捕まって、 殺されるのではないかとの恐れ、隠れ家に逃げ込みびくびくしながら潜んでいたのでした。
そこに復活したイエスが現れて「あなたがたに平和があるように」と言いました。イエスの方から和解を求めたのです。 その場にいなかったトマスにもイエスは会いに来ます。トマスの目の前にいるイエスは傷だらけでした。 それは私たちも含む全人類の罪によって付けられた傷です。
その傷はそのままに、イエスはそれを超える神のいつくしみを示します。 「信じない者ではなく、信じる者になりなさい」、罪による傷はそのままに、それを超えていつくしみによって新しい関係を築こうと、イエスはトマスに語りかけたのです。