『灰の祝福を頂き、 新たな心で歩みましょう! 』
ラファエル 松本武三 神父
時の流れのはやいこと、はや2月。皆さん、灰の祝福をいただき、復活祭に向って、喜んで歩みましょう。
「灰」という漢字は、手に持つ「火」。「火」は、聖霊、神さま、光の方。 ミサで、「ご聖体」を手にいただき、手に持って、口に入れています。
今の私たちのご聖体拝領の姿は、「灰」の 漢字のような姿です。愛の乏しい汚れた私なのに、誠の愛なる清らかな神さまが、うまやの清らかな幼子が、 おいでくださる。何と勿体ない有難さでしょう。
それで、「灰の水曜日」、教会に集い、「回心して、福音を信じなさい」と、灰を頭に受け、聖なる家族を泊 めない私ではなく、粗末なうまやのような私ですが、
どうぞ、お泊りくださいと喜んで迎える、愛のある信仰 を育てるように、招かれているのです。
(ゲッセマネの祈り)
(十字架を担うイエス)
(貝殻に描いた、マイ・スケッチ)
田舎に行くとよく、分れ道にお地蔵さんが、カトリックの国、イタリアなどでは、十字架やマリアさんが、 静かにたたずんでおられる。
それで、人は、シメオンに倣い、分れ道で「神さま、わたしはこの道を選びたい のですがよろしいでしょうか。どうぞ、わたしを祝福し、お導きくださいますように」と祈るのです。
人生の節目に、自分の人生の歩みをよきものにと、姿勢を正し、努力の汗が実るように頑張るとともに、謙虚 に、親である神さまの祝福をいただくのは、よき心ではないでしょうか。
「灰」という漢字は、心に神さまの光を頂く、幸いな私たちの姿。でも、しばしば、光が消えたような状態に なり、悩み、苦しむ私たちです。
皆さん、灰の水曜日、教会に集い、灰の祝福を頂き、感謝して祈りましょう。 そして、ご聖体を頂き、主の命の光に、心照らされ、さあ頑張るぞ、新たな心で、ご復活祭に向って、喜んで 歩みましょう。
