『聖母月・母の日』
ラファエル 松本武三 神父
原稿忘れてしまって。憐れな私。ご迷惑をかけますが、5月は聖母月。そして9日は母の日。それで、以前のその時の言葉とスケッチをささげます。お赦しください。
5月は聖母月。そして、9日は母の日。命を産み、育て、守り導いてくれた偉大な私たち一人ひとりの母のために、何よりもすべての人の母、マリアに「ありがとう」の花を贈りましょう。
人類の祖先エバ。エバとは「命」。マリアとは「愛」。人類の祖先エバは、蛇の誘いに負け、罪の死を招き、弟アベルを殺したカインを産み、マリアは、その罪をきよめ、死から命へ、人類をまた楽園に呼
び戻してくれた救い主イエスを産んだ命の母。
エバは、「あれほど言っておいたのに実を食べたのか。何ということをしたのか」と、神の声を聞いた時、エバは、「蛇がだましたので、食べてしまいました」と蛇のせいにし、言いわけしたのに対し、
マリアは、弟子たちが、我が子イエスを裏切り、逃げてしまったにも関らず、そんな弱い弟子たちに深い愛情を持って、忍耐強く受けとめ、ともに祈られた方、そして、血縁の家族ではなく、新たな信仰の
家族誕生へと導かれた方です。
自分の落ち度を、人のせいにして、言い逃れようとしたエバと違って、マリアは、子供の落ち度は、
私のせいとばかりに、罪の闇を愛のマントで覆い、心をひとつにして、ともに祈り、神の癒しの息、
聖霊を信じて、じっと、待たれたのです。
「ごめんなさい」という心を失うと、心の部屋は汚れてきます。マリアは、「はい」という心で、汚れてきます。
マリアは、「はい」という心で、汚れを追い払う救いの風を呼んでくださいました。
